きみの友だち/重松清 あらすじ 感想

そろそろ夏休みですね。読書感想文の季節。

この季節になると、各出版社から文庫本の紹介の小さい冊子が出るんですけど、あれが好きです。

集英社だと「ナツイチ」とか、「新潮文庫の100冊」、角川文庫の「カドフェス」とかね。

学校で配布されたり本屋さんにおいてあったりもするので、見つけたら毎年テンションあがります。

そんなわけで(?)、今日は読書感想文におすすめの一冊を。





重松清「きみの友だち」 あらすじ・感想

きみの友だち (新潮文庫)

本棚に並んでる小説、ミステリー以外のジャンルなら重松清さんの作品が一番多いと思う。

ドラえもんばっかり読んでいる長男くん、おままごとに夢中な次男くん。

もう少し大きくなったら、どうか重松さんの作品に触れてみてほしい。本棚にあるからね。

ではまずあらすじから。ネタバレなしです。

わたしは「みんな」を信じない、だからあんたと一緒にいる―。
足の不自由な恵美ちゃんと病気がちな由香ちゃんは、ある事件がきっかけでクラスのだれとも付き合わなくなった。
学校の人気者、ブンちゃんは、デキる転校生、モトくんのことが何となく面白くない…。
優等生にひねた奴。弱虫に八方美人。それぞれの物語がちりばめられた、「友だち」のほんとうの意味をさがす連作長編。

「BOOK」データベースより

これは決して“面白い”部類のお話じゃないけど、少年少女の「明日」が気になってすぐ読み終えちゃいます。



では早速。ここから感想です。ネタバレなしです。

恵美ちゃんと、その周囲にいる人たちが各章の主人公となって描かれている物語。

どの話も同じ「僕」が語り手となって綴られていて、「僕」って誰なんだろうとずっと気にしながら読みました。

この「僕」がね、各章の冒頭あたり、主人公となる人物に向けて、「次はきみの番だ」とか「これからきみの話をする」みたいなことを語りかけるんです。

あ、ちょっとそのあたりの細かい言い回しはうろ覚えなんで、ニュアンスだけ感じ取ってくださると助かります。(本棚まで行って確認、を面倒くさがるダメな人間はわたしです。)

この語りかけに一瞬ドキッとするんです。自分に向けられてるみたいで、そして「僕」に全部自分のことを見透かされているみたいで。

重松さん、やっぱり上手い。

こういう書き方をされているので、いろいろな「きみ」を身近に感じ、自分や自分の周りの人と重ねたりということが、一層しやすくなっている。

しやすいというか、どうしてもしてしまう。そこに重松さんの上手さがある。重松さんのこと、いつも褒めてる気がする。誰が不満を言えよう。

“一緒にいなくても寂しくない相手が友だち”っていうようなセリフがあって、(あ、ここの細かい言い回しも微妙なのでニュアンスで受け取ってください、面倒くさがりですみません)この表現にすごく頷けました。

大人になるにつれ、なかなか昔の友だちとずっと連絡をこまめに取り続けるということができなくなって(面倒くさがりなので、努力を怠るんです)、必然的にどんどん疎遠になっていって、気づいたらあんまり友達のいない人間になっていた私ですが(あれ、涙が)、そういう“一緒にいなくても寂しくない相手”がちょっとだけいます。

マメに連絡をとりあってなくても、たとえば一年以上会えなくても、不思議と“繋がっている”と感じられる相手で、きっと彼女もそう思ってくれてるって謎の確信があったりして。

そのことがどんなに誇らしいか、大切かと気づいたのは二十歳を過ぎたころで、思えばそれまでずっと、この作品に出てくる「みんな」と同じような環境に紛れて、“友だち”について深く考えたことはなかったし、考えるのが怖かったのかもしれないな。

そう、いつになく真面目に書いてます。

そして収集のつけ方がわからなくなって困ってます。誰か助けて。←

とにかく(←便利な言葉ですよねー)、誰でも心当たりがある“友だち”との関係性を、見つめ直すきっかけになる本だと思います。

うーん、あんまり上手くまとまらなかったぞ、やっぱり。反省。

そして、最終章でついに「僕」の正体がわかります。スッキリ。そうきたか。

あとがきで重松清さんがこのラストについてのエピソードだかなんだか(おい)を書かれていて、それもぜひ読んでほしいです。

重松作品はほんと、子どもから大人まで、どの世代が読んでもそれぞれ得るもの感じるものがあると思うし、重松先生の優しい語り口が全然押し付けがましくなくて、わたしみたいなひねくれ者でも素直に受け止められるから助かります。(どんな褒め方)


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